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福岡高等裁判所 昭和31年(う)343号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人諫山博、同田中実並びに被告人浦本由男各自提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し次のように判断する。

諫山弁護人の控訴趣意第一点及び田中弁護人の控訴趣意一の(一)について、

原判決挙示の判示第三事実関係の証拠を綜合すると判示第三の一の事実はこれを認めることができる。即ち判示森下博、木下正信の判示傷害は判示第三の一の場合に生じたもので、被告人平島同蛯原等判示組合員二十余名の判示所為が意思連絡の下になされたものであることが右証拠で十分窺われるから、判示暴行による本件傷害について、被告人平島同蛯原がその刑責を負うのは当然である。右認定に反する証拠の部分は原裁判所の措信しなかつたものと解すべきで、原裁判所の証拠の取捨価値判断に経験則違肯もなく、また所論のような刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号但書違反もない。なお憲法第二十八条は勤労者の団結権、団体交渉その他の団体行動権を保障しているが、この保障も勤労者の権利の無制限な行使を許容し、それが国民の平等権、自由権、財産権等の基本的人権に優位することを是認するものではなく、従つて勤労者が労働争議において他人に傷害を与えたり、その自由意思を奪つたり又は極度に抑圧するような行為をすることを許容するものではない。原判決には憲法第二十八条の解釈の誤はなくその他所論のような法律解釈の誤もない

諫山弁護人の同第二点田中弁護人の同一の(二)について。

原判決挙示の判示第三事実関係の証拠を綜合すると、森下博は判示第三の一の犯行による負傷と苦痛のため判示売店の事務室内に逃避して休息していたところ、判示組合員中の数名が、そのとき既に同事務室東側に動員されて来ていた判示主婦協議会員の婦人(約百名)組合員その他居合せた組合員計二百名余が集つている中に森下博を無理に連行するや、組合員数十名が森下博を取り囲み、他の組合員及び右主婦協議会の婦人はその外側を取り巻いて労働歌を高唱して気勢を揚げ内側で森下博を取り囲んでいた右組合員数十名は森下博を中にしてワツシヨイワツシヨイと旋回デモをしたり、更に組合員の中から交々罵言や雑言を浴せるものなど所謂吊し上げの状況にはいつたが、被告人浦本同砥上は右吊し上げの状況下で前記集つた組合員約百名と共同して判示日の午後五時四十分頃から同日の午後六時三十分頃までの間、判示場所にて、森下博に対し「やつたらやつたと男らしく言つたらどうか」「いわんかいわんなら夜通しやるぞ」というような言葉を交々申し向けて判示の選挙干渉の自白を執拗に迫り、もしこれに応じなければ同人の身体に対し暴行を加えかねない気勢と同人の身体の自田を引きつゞき束縛するような態度を示して同人を畏怖せしめた判示事実を十分認定することができる。

而して右認定の状勢下にあつての森下博に申し向けられた前記言説内容は当時同人を囲繞する状勢雰囲気と相俟つて一の具体的客観的害悪の告知であると解すべきで、そしてそのことは普通一般人の誰もが畏怖を感ずるものと認め得るのであるから、かような言説の告知は刑法所定の脅迫たることを免れない。従つて被告人浦本同砥上等の右所為が暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項(刑法第二百二十二条)に該当するものであることは勿論である。

右認定に反する証拠の部分は原裁判所の措信しなかつたものと解すべく、原裁判所の証拠の取捨価値判断に非合理の点はない。被告人浦本同砥上に対し判示第三の二の刑責を負わしめた原判決が憲法第二十八条に違反しないことは前項説明と同様であるからこれをここに引用する。なお原判決には所論のような違法はない。

諫山弁護人の同第三、四、五点及び田中弁護人の同二について。

然し労働組合法第一条第二項は、刑法第三十五条の規定は労働組合の団体交渉その他の行為であつて同条第一項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適当があるものとする。但しいかなる場合においても暴力の行使は労働組合の正当な行為と解釈されてはならないと厳に規定している。即ち労働組合法第一条第二項の規定も、同条第一項の目的達成のためにした正当行為についてのみ刑法第三十五条の適用を認めたに過ぎないのであつて、勤労者の団体行動においても、刑法所定の傷害罪或は脅迫罪にあたる場合までその適用があることを認めたものではない。従つて前に説明したとおり、被告人平島同蛯原の行為が判示第三の一のごとく刑法所定の傷害罪に、被告人浦本同砥上の行為が判示第三の二のごとく脅迫を内容とする暴力行為等処罰に関する法律第一条の罪にあたる以上、被告人等の右各行為は労働組合法第一条第一項の目的達成のためにする正当行為であるとは認めることができない。このことは仮に森下博の弁護人所論の行為が所論のように労働組合法第七条第三号違反行為であるとしてもその結論は同じである。

被告人等の各行為を労働組合法第一条第二項の正当行為に非ずとしてその主張を排斥した原判決の結論は正当である。原判決には所論のように最高裁判所の判例に違反する点もなく、またこれを破棄すべき所論のような違法もない。

諫山弁護人の同第六、七点田中弁護人の同三について。

所論は被告人等の行為が犯罪構成要件を充足し且つ労働組合法第一条第二項によつて違法性を阻却しないとしても急迫不正の侵害に対して止むことを得ずなされた権利防衛行為であるから刑法第三十六条または同法第三十七条によつて違法性を阻却すると主張し、また期待可能性の理論によつて責任を阻却すると主張する。然し所論の選挙は昭和二十八年十月二十二日行われたものであり本件各犯行は同年十一月三日の出来事であることその他記録を精査して認め得る諸般の事実に徴しても、被告人等の本件各犯行が刑法第三十六条或は同法第三十七条の要件を充たすものとは到底肯定し難く、また所謂所論のような期待可能性の理論を容るる余地もない。原判決には所論のような違法はない。

諫山弁護人の同第八点について

刑事訴訟法第三百三十五条第一項の判決に示すことを要求されている証拠の標目とは証拠の標題種目をいうものであり、例えば書証の場合某の検察官に対する供述調書と単に挙示してなすのが普通の証拠の標目の示し方である。然しその供述調書の供述中に採用しない部分が存するときは、その部分を附記するかまたは必要な部分を書きぬき要約して採証の範囲を明らかにしてなす証拠理由の仕方も同法の禁ずるところではない。原判決は要約の方法による証拠理由の仕方をとつており、記録に照合して原判決のような要約もまた十分認められ、而してその間に非合理の点は見出し得ない。

田中弁護人の同四について。

然し訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実によると原判決の刑は相当である。

被告人浦本の控訴趣意について。

原判決が公訴棄却の裁判を求める主張を排斥した説明は正当であり、なお原判決挙示の証拠中に任意性を疑うものは記録を精査しても見出すことができない。その余の各控訴事由についてはこれと同趣旨に該る各弁護人の夫々の控訴趣意についてなした説明と同一であるからこれを引用する。

以上説明のとおり本件各控訴は理由がないから刑訴法第三百九十六条によつて主文のとおり判決する。(昭和三一年一二月四日福岡高等裁判所第二刑事部)

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